ニューヨーク恋物語
第5章 東京編

昨夜大沢の腕の中で眠りについた今日子は
朝まで何度も目を覚ました。
目を覚ます度に大沢が消えているような不安があった。
今日子は大沢に抱かれる時、何度も問いかけた。

「夢じゃないよね・・・ ねぇ夢じゃないと言って」

それは慟哭にも似た今日子の溢れてくる感情だった。
その度に大沢は今日子の耳元で囁いた。

「夢じゃない。本物の今日子と僕だ」

朝が来て・・・・
目覚めと共に今日子はいつもと違う自分を見つけた。
昨夜の喜びを認識し、もう大沢とは離れたくないと思った。
今、この瞬間も、時間は砂時計がこぼれ落ちるように過ぎてゆく。

食卓に軽い朝食を用意して
今日子は大沢のカップにミルクを注いだ。

「おはよう」

そう言って大沢を起こした。


「うん?おはよう・・・ もう朝?」


「食事の支度が出来たわ。今日から本社勤務でしょう?」


「嫌だなぁ・・・。 いつまでもここで今日子といたい」


大沢は子供のように駄々をこねた。

洗面所で大沢が顔を洗う音

「お〜い 今日子、ヘアームースどこにある?」と聞く声


「ねぇ 僕の靴下は?」と大沢はいつも今日子を頼った。


朝食の時のBGMは今でも変わらずユーミンのアルバム。

朝の慌しい時間でさえ愛に溢れていた。

大沢の会社は新宿にあった。
そして今日子の会社は渋谷だ。
二人は支度が整うと「横浜駅」に向かった。
駅への道筋でスポーツドリンクを買う大沢は昔と変わらない。
コインを入れる時「今日は何にしよう?」と
今日子に質問するような独り言まで一緒だ。

「あなたのドリンクでしょ?」

毎回同じ独り言に同じ答。
こんなやり取りを今日子は懐かしいと心和んだ。

この時間帯の東横線はかなりのラッシュアワーだ。
大沢はいつも今日子をかばうように横にぴったりいてくれた。

朝目覚めると大沢が横にいて、カーテン越しに同じ風を感じ
同じ朝食を取り、同じ電車で東京に向かう。
その時今日子はまるで大沢と夫婦になったような錯覚をする。
横浜でそんな生活が出来たらどんなにいいかと思う。

今日の大沢は帰宅が何時になるかわからなかった。
それでも二人は待ち合わせをして一緒に帰ろうと約束した。
少しでも二人の時間を持ちたかった。
渋谷で今日子と別れた大沢は山手線で新宿に向かった


仕事に忙殺されて一日はあっという間に過ぎた。

二人は何とか7時に渋谷駅で待ち合わすことが出来た。
今日子は大沢と一緒にいる一週間
思い出をたくさん作りたいと懇願した。
大沢もそんな今日子に出来るだけ応えてやりたいと思った。

二人は山手線で新橋まで行きそこからゆりかもめに乗った。
そしてお台場に向かった
お台場にもまた二人はたくさんの思い出があった。
初めて喧嘩をしたのもお台場だった。

大沢の集めているコレクションに今日子が嫉妬して
「もうそんなの見たくない」と言って怒った。

三回目のデートで
「今日子さんと呼んでいいですか?」と言ったのもお台場だ。
「今日子さん」と呼び始めて「今日子」になるまではとても早かった。

フジテレビの球体展望室から眺める夜景が好きだった。
海浜公園を歩くのも好きだったし
アクアシティお台場やデックス東京ビーチやヴィーナスフォートにも
よく二人で行った。
二人で買ったお揃いのものも今日子の部屋にたくさんあった。

夕食を食べた後、二人はどこへ行くともなく歩いた。
今の季節、夜風はとても心地よかった。
大沢は今日子の手を繋いだ。
5本の指と指を絡ませる時、今日子はいつも大沢に言われた。

「今日子の爪が痛いよ」・・・と。

長く伸ばしてネイルアートした今日子の爪と
深爪の対照的な大沢の手は他人から見れば滑稽だった。
けれども何千回と指を絡めていくうちに
その対照が
二人の間には不自然ではなくなった。
今日も今日子は大沢の手を「爪攻撃」した。
それを愛情表現だということも大沢はわかっていた。

時々今日子は無茶を言って大沢を困らせた。

「ねぇ・・・ 私もう一歩も歩けない。私をおぶって」

そんな無茶を言って大沢の愛情を確かめたがった。
おぶってやると今日子は大沢の背中で眠ってしまう
大沢はそんな今日子をとても愛しいと思った。

「帰ろうか?」

大沢はそう言った。
今日子は少し後ずさりして言った。

「ねぇ・・・ 私もう一歩も歩けない。私をおぶって帰って」

大沢の顔が微笑んだ。
そして今日子のおでこに軽くキスをした。

これから横浜の今日子のマンションへ。
愛の巣は二人の帰宅を待っていた。

BGM (Thank You)
Photo by Shinshin
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