ニューヨーク恋物語
第9章 ニューヨーク編

大沢がニューヨークに戻って2ヶ月が過ぎた。
日本ではまもなく梅雨が終わろうとしていた。
今日子からのメールでは「今日も雨・・・・」とあった。
梅雨が終わると東京に暑い夏が訪れる。

夏になると七夕祭りや花火大会へ二人は毎年出かけた。
そんな時、今日子は浴衣を着て髪をトップで束ねて現れた。
浴衣には浴衣の化粧があるのかと思うほど
きれいな化粧をして、大沢を驚かせ喜ばせた。
いつの季節が巡って来ても今日子との思い出ばかりだった。

今回の帰国で大沢は里心がついてしまった。
一週間今日子の部屋で暮らしたのは
長い付き合いの中でも初めてのことだった。
長く一緒にいると
お互いの嫌な部分が強調されるのではないかと危惧したが
大沢はそんなことを感じたことがなく
以前にも増して今日子への気持ちは傾いていった。
今日子のひとつひとつの仕草が可愛らしくていじらしかった。
目を閉じると瞼の中に今日子が浮かんで来た。

大沢は今日子への想いをかき消すように繁華街へ出た。
けれど一人で飲む酒は少しも酔えなかった。
ニューヨークではいつも孤独で
得たいのしれない重圧に押し流されるような思いがした。
それでも負けまいとこの一年やってきたのだった。
今日子の励ましのメールはどんな時でも心強かった。


大沢は毎日多忙だった。

時にはボストンやフィラデルフィアに出張することもあった。
ニューヨークに来て一年余りの間で
現地の人とほぼ同格に話ができ、商談をまとめるまでに至った。
英語が苦手な大沢にとって言葉はかなりのハードルだった。

今日子は帰国子女だった。
父親の仕事の関係でハイスクールまで海外で暮らしていた。
ニューヨークに転勤になった頃、よく今日子に英語を訊いた。
今日子は英語の持つニュアンスを
その時々にふさわしい英語を詳しく説明してメールをくれた。
過去には今日子の英語のアドバイスのお陰で
かなりスムーズにいった商談もあった。

ニューヨークの人は仕事以外ではジョークが好きだ。
プライベートでは華やかでエキサイティングなことが好きだ。
そんなノウハウを今日子は教えてくれた。
プライベートを充実させると、仕事もスムーズに行った。
今日子はどんな時でも大沢の相談に乗ってくれた.


一年が過ぎ、仕事に慣れると課題は山積みされた。

毎日仕事に追われ、時には自分を見失いそうになる時があった。
一日の仕事が終わり、アパートに帰ると眠るだけだった。
そんな時今日子の言葉を思い出す。

「どんなに疲れていてもシャワーは浴びて」

シャワーを浴びると疲れが取れた。
今日子が言った言葉の意味がそれとなくわかる瞬間だった。

コーヒーに梅干は可笑しいがこれが結構美味しいものだと発見した。
けれど梅干を見ると、やはり白いご飯にお茶漬けが食べたくなる。
今日子はどんなに夜が遅くても何か作ってくれた。
今日子自身仕事で疲れているのにと、今頃思う大沢だった。

大沢の部屋のベットの上には
湘南の海で撮った二人の写真が飾ってあった
フォトフレームの中の今日子は満面の笑みで大沢を見ていた。
そして大沢の机の引き出しには
みなとみらいのホテルの部屋で撮った今日子の全裸の写真があった。
その横には渡せなかった今日子への指輪が今もそのまま入れてある。

今夜は満月だ。
この瞬間今日子は太陽の下で働いている。
時差が二人の心まで遠ざけるようで、今夜の大沢はやるせなかった。
そんなことを毎晩思うようになっていた。


ニューヨークに来てから大沢は早くに目が覚めるようになった。

大沢のアパートはセントラルパークの外れにある。
朝のジョギングを始めてもう1年になる。

アッパー・ウエストサイドが好きで、よくここに来る。
リバーサイド・パークはハドソン川沿いに南北に延びる公園で
広い園内には木々や季節の花々が咲き乱れている。

また時にはシープ・メドウまで行き、広い芝生に座って一息つく。
朝のジョギングは大沢の活力になり、気持ちを切り替えられた。
ジョギングの帰りにカフェでコーヒーを飲んで朝食を取る。
それからアパートに帰り、シャワーを浴びて出勤した。

仕事が始まると今日子への想いが薄らいでゆく。
仕事に忙殺されることがいいことなのだと思う時がある。
日本に残してきた一人の女に未練いっぱいだ。
だから多忙はかえって有難いと大沢は思っていた。

ニューヨーク支店への勤務は、初め三年ということだったけれど
五年は帰れないだろう。
いや、もっとかもしれない。
これから二人の結婚はどうなるのかと思うと、大沢の気持ちは塞ぐ。
今日子もまた仕事を辞められずにジレンマに陥っている。
今日子に回答を求めるのは残酷だった。

そんな気持ちに蓋をして、今日も会社へと出かける。
今日子は今頃遅い夕食を食べているだろう。
そんなことを思いながらバス停へと急いだ。
ニューヨークにも初夏の太陽が顔を見せ始めた。
爽やかな朝である。

BGM (Thank You)
Photo by Yayo
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