爽やかな5月の風が肌に心地よい。
桜の季節が終わると待っていたかのように
花たちが次から次へと咲き始め
木々が瑞々しい新緑におおわれる。
初夏の陽気を思わせるような一日だった。
そんな夕暮れ時、今日子は空港の到着ロビーにいた。
半年ぶりに大沢がニューヨークから帰国する。
今日子にとってこの半年は辛い毎日だった。
大沢がニューヨークに行って一年の歳月が流れた。
大沢のいない東京は乾いた都会でしかなかった。
一年前、大沢は汐留のレストランに今日子を誘った。
ニューヨーク勤務の辞令が下りた夜だった。
大沢の背広のポケットには
今日子の誕生石の指輪が入っていた。
それを今日子に渡して
「一緒にニューヨークに来て欲しい」と言うつもりだった。
忙殺された年度末にはなかなか会えなくて、やっと会えた二人。
今日子はいつになくいきいきとしていた。
今日子は新しいプロジェクトチームに参加することが決まり
目を輝かせていた。
今日子が夢にまでみたプロジェクトだった。
大沢はポケットから指輪を出すのを躊躇った。
やっと手応えのある仕事に就いた今日子に
大沢はプロポーズして
ニューヨークに連れて行くことが出来なかった。
時が流れて、二人は海を隔ててお互いを見つめ合った。
時差のある日常の中で、二人は毎日メールしあった。
デスクでの仕事の合間に、カフェでコーヒーを飲みながら
夜自宅のリビングから・・・一日何度もメールした。
メールとは、愛する者同士には切ない意思表示だ。
心の温もりは感じられても、肌の温もりが感じられないからだ。
同じ月を・・・同じ星を・・・同時に見られない時差の壁。
ひとつ歯車が狂い始めると、歯止めが効かなくなりそうだった。
半年前に一度帰国した大沢に会った時
今日子はプロジェクトチームを逃げ出したいと思った。
女の幸せとは何かを考えた。
大沢と一緒にニューヨークに行きたい衝動に駆られた。
そんな想いで半年が過ぎ、そして一年が過ぎた。
まもなく大沢が到着ロビーに現れる。
今日子は胸の高鳴りを抑え切れない。
19時に汐留のレストランを予約した。
二人の思い出のレストランだ。
言葉は多くいらない。
メールでどれほど送信したことか。
愛している
I love you(アイ ラブ ユー)
Ich liebe dich(イッヒ リーベ ディッヒ)
Je t’aime(ジュ テーム)
Ti amo(ティ アモ)
今日子は大沢の肌の温もりが欲しかった。
理屈などいらない。
ただとろけるように大沢に抱かれたかった。
成田着16時40分。ノースウエスト航空17便。
定刻通りの到着。